第28回 中学受験の範囲はなぜ増え続けるのか?

Pocket
LINEで送る

中学入試で出題される範囲は近年、大分広がってきました。本来は小学校卒業程度の学力を試せばよいのですが、それではなかなか差がつかないので、問題は難しくなり、また広くなってきています。例えば社会で世界地理の知識は、本来は指導要領の範囲外です。ですから世界地図を見せてミャンマーの位置はどこだ?という問題は、指導要領の範囲からは外れているわけです。しかし各校の入試問題を見ていると範囲外の問題が良く出題されています。前述のミャンマーの問題でいえば、やはりスーチーさんの問題が話題になったときに出題されているわけですから、小学生がどのくらい今の社会を認識しているのかという点でみれば、あながち外れというわけにもいかないでしょう。

 では、入試の範囲はいったいどこまで広がっているのかといえば、中学2年ぐらいまでの範囲は楽に入っています。数学でいえば入らないのは、二次方程式、二次関数、平方根、円などの中3範囲のみではないでしょうか。したがって、中学受験の勉強というのはある意味中2までの先取り学習なのです。国語でいえば、高校受験で出題される物語文、説明文、論説文などは同じ文章が中学受験で出題されることなど当たり前ですし、歴史にしても地理にしても、中学で学習する程度の範囲は子どもたちが現在勉強していることなのです。

 つまり今の受験生は小学校の4,5年生あたりから、中学2年までおよそ4年分の内容を一気に勉強していることになります。だから、ついていくのが大変なのです。しかも最近はさらに塾のカリキュラム進行のペースが速くなりました。以前は割合は5年生の秋、比は5年生の後半から6年生にかけて習っていたのですが、今は半年早くなってきています。したがって、さらに子どもたちの負担は大きくなりました。かつ、また処理する問題が非常に多い。これは「たくさんの宿題やプリントを出す」ことが「塾の熱心さ」の象徴になっているからでしょう。しかし、実際にこれだけの量をこなすということ自体が子どもたちには難しい。宿題を終えるだけで精一杯で、本当に自分がやるべき勉強ができていないというケースは少なくありません。

 たくさんの範囲を、たくさんの問題とともに処理する先取り学習、これが中学受験の本質なのです。中学受験の問題は年を経るごとに難しくなってきています。その理由は競争率の激化です。あまりたくさんの子どもたちが受験するのでなければ、問題はさほど難しくなくてもいいでしょう。しかし、現状の関東圏の平均競争率は約4倍。最終的に5人に一人が1校も合格することなく、公立へ行かなければならないのです。しかも大学受験をさせる中高一貫校では、すでに多くの学校が高校での募集を停止しています。なぜそうするのか、中高一貫校自体が先取り学習をして、大学受験に向かっているからです。指導要領の変更にともない、中学自体のカリキュラムは大きく減少しました。しかし、大学受験に必要なカリキュラムは決して減っているわけではありません。ゆとり教育の弊害は実は、高校でのカリキュラムの密集化でもあるのです。

 私が学生の頃は三角関数は、中学で習いましたし、二次関数も平気で頂点が原点以外にありました。しかし、現在、三角関数は中学から姿を消し、二次関数は頂点が原点を動きません。したがって、その分の学習がすべて高校に移ってしまっているのです。これを高校から学習させたのでは、間に合わないし、十分な大学受験の対策ができるわけではないので、一貫校はいわゆる中学の課程を中1、2で終わらせて、中3で高1、高1で高2というように1年間先取りできるようにカリキュラムを組んでいるのです。そうなると、高3では1年間、大学受験に向けた学習ができます。今首都圏の、有名大学の合格者の6割近くが中高一貫校の卒業生で占められるのは、このためです。で、これらの一貫校が高校1年から新たに募集してしまうとどうなるでしょうか?付属中学から進学してきた子どもたちは、すでに高1の勉強をしてしまっている、新たに高校で迎える子どもたちはまた高1の内容から勉強させなければならない。これは学校の教育資本を無駄に使ってしまう可能性があります。それで、高校募集を停止して、中学からすべての募集枠を使ってしまうのです。

 一貫校もまた先取り学習が中心ですから、中学受験においても先取り学習ができる子どもたちを入学させたい、これが本心でしょう。その結果として、中学2年生程度までの問題は、小学生でもできるという視点から入試問題が作られるようになったのです。

 今の中学受験はその意味で、子どもたちに実に多くの負担を強いていることになります。しかも高校、大学が全入時代になったといわれる現在、5人に1人が一校も合格しないということになれば、俄然、その対策は量も多く、スピードも速いという内容になってきているのです。

これをただ、塾と子ども任せにしてしまうと、子どもたちの危険信号がわからなくなってしまいます。子どもが何をどう勉強しているのか、まずはお父さん、お母さんがしっかりとつかんでおく必要があるでしょう。

Pocket
LINEで送る