月別アーカイブ: 2011年11月

与えることの難しさ

私も塾講師生活が長いので、つい教えてしまうことが多いのですが、いまの子どもたちには「与えれば、自分で得ることをしなくなる」という面が顕著に見られます。
ノートを見ていると、図を描くのが下手な子が増えました。なぜ下手なんだろう、と思っていて気が付いたことがあります。いまは子どもたちがプリントやテキストで問題を与えられます。それを解いて解答や解説を読んで理解することが多いのです。先生の解説を聞いてノートをとる時間がもったいないからというわけではないでしょうが、テキストに書いてあることをまた書き写すことをしないから、勢い図を書く機会が減ってしまうのです。

応用問題になればなるほど、自分なりに図を書き直してみる技量が必要になります。速さであれば文意をグラフにすることが解法につながる場合が多いし、立体は別方向から見た図がヒントになるでしょう。

自分で図を書かせることにもう少し時間を割く必要があると思います。私の授業では、ホワイトボードにその場その場で子どもたちに必要だと思われる問題を書き、子どもたちに写して解いてもらうことにしています。いわゆる「白板問題」です。これは当然、その場で問題を作るので指導員にとっては与えられたテキストを教えるよりしんどい作業ですが、その分子どもたちはいろいろな技量が得られるでしょう。

中1が期末の対策のために塾にやってきました。
彼は中高一貫校に通っています。今年の1月までは私が教えていた子ですが、わからないことができたので質問に来たのです。

彼が持ってきたのは、その学校が作った教科書。
説明や問題は書いてあるのですが、その問題の答えも書いてなければ解説もありません。

「この問題は先生が解説してくれたでしょ?」
「はい、そうです」
「そのノートは?」
「ここにあります」
彼は自信をもってノートを差し出しました。
しかし……彼のノートは先生が書いたであろう幾何の図を写しているだけで、肝心の答えは何も書いていない。
「この図を書いてくれたときに、どういう説明だった?」
「え、あ、その……」
つまり彼はそのときは理解したつもりでノートには書かなかった。]

こうなると始末が悪いのです。この幾何の問題は、いろいろな解法があり得るのです。問題は先生がどう教えたか、ですが、ノートもなく、解説・解答もなければどうしようもありません。
結局、複数の解法の説明をし、かつクラスで1人や2人はいるであろう、ノートをきれいにとっている子から情報を取ってくるように指令を出しました。

ノートのとり方がまだ、十分でない。この子はサービスが良い塾から出た生徒なのです(ええ、もちろん私の塾の話です)。
そういう塾では、テキストに答えも解説も載せている。
しかし、この学校の授業はそういうサービスの良さはいっさいありません。

なぜか? 授業を真剣に聴かせるためです。
「与えてしまうと、自分でできるようにはならない」

サービスの悪い授業は、子どもたちをタフに育てるものなのです。

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「解法を覚える」では力がつかない

 授業で子どもに新しい単元の説明をします。
たとえば流水算とはこういう問題だ。相似形というのは、こういう特徴を持っている。
そして一通り理解してもらったら、後は問題をやってもらう。ここからは、教えることはあまり多くなくていいのです。

 次に私がやるのはヒント。しかし、これはある子にとっては自分の解く過程を否定される可能性があるので、聞きたい子だけ聞け、といっています。
そして、答え合わせ。あるいは、できた順に丸付け。
簡単な説明をしますが、プリントにはなるべく、しない。その場で聞いて、メモしてもらう。そして、帰ったら復習です。できなかった問題をやり直す。
ここで大事なことは教えてもらった解き方で解くのではなく、考えて、見つけることです。
解法パターンを覚えていれば点数がとれるという考え方はしないことです。週例テストや月例テストでそういう勉強の仕方をしていると総合の模擬試験のときに、点数がとれません。
だから、あまりパターンで覚える勉強はさせないこと。(たとえ点数が悪くてもです。解法を覚えるというのは、考える力が出てきて、解く過程を省力化するために覚えた方法を使うのです。それがすべてでは力にはなりにくいのです)。

 今の塾の勉強のさせ方は、目の前の試験の点数にこだわりすぎているような気がするのですが、どうでしょうか。

 個別指導や塾の回数を増やしたからといって、子どもが自分で考えなかったら、できるようにはなりません。特に算数は自分で考えなければ、解けない問題が増えるばかりです。ところが塾にしろ、個別指導にしろどんどん解き方を教えられてしまう。もちろん、そういうことも大事でしょうが、しかし、そればかりになって自分で考えなければ、進歩は小さいのです。
だから与えすぎない。むしろ、子どもが好んで算数の問題を解く、おもしろいと思って国語の文章を読むようにしないといけないのです。

自分で勉強ができるようにする、このことはまず中学受験の過程で、子どもが身につけることのできる大きな成果だと思うのです。

自学自習のくせをつけましょう。

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苦手をつぶす勉強法 1 まずはデータから

 闇雲に勉強させても結果はでません。したがってまず戦略を立てるということが重要になります。戦略をたてるうえでは、現状の子どもの力が実際にどのくらいなのかを考えてみる必要があります。
それは偏差値がいくつとか、合格可能性がどのくらいといった数値で判断するのではなく、何がどのくらいできるのかという視点で考えていかなければなりません。
たとえば数の性質に関しては、

(1)基本的な公式は理解している。
(2)基本問題は解ける。
(3)応用問題まで解ける。

の三つの段階があるでしょう。(1)はクリアしていて、(2)があやしいとなれば、それをどう理解させていくのか、練習するプランニングを考えていくわけです。
中学受験の範囲は広いですから、現状ではいろいろな課題が山積しているでしょう。まずは全部の範囲がどうであるのか、チェックしていきましょう。
子どもたちの話も聞かなければなりませんが、基本的にはこれまでのテストを見てみれば大方の傾向はわかるはずです。そのためにカリキュラムが組まれ、カリキュラムテストの結果がデータとして渡されているわけですから、それを分析してみてください。

私がよくアドバイスする方法としてグラフをつけてみる方法があります。
横軸に範囲、縦軸に科目別偏差値もしくは正答率をつけてみると、どの範囲が具体的にだめなのかがわかるでしょう。
あとは具体的にいつ、どのような学習をしてそれを補うかを考えるわけですが、すべてに手をつけることは難しいかもしれません。

むしろもっと、やる内容を絞り込んでいかないと、効率よい学習は望めないでしょう。私は第一志望を決めて、その学校で頻出する内容から優先順位を決めていく方法が一番合理的だと考えています。
また残された時間で、いつ、何をやるかという計画も重要でしょう。たとえば夏休みにすべての問題が解消されることはありえません。
ですから、いつまでに、何を改善するのかということを具体的にスケジューリングする必要があるわけです。
私は知識の暗記や、得点力をつけるための訓練は秋以降に、頻出する範囲の基本を確認したり、記述の練習をするのは早い時期からというように、勉強の内容を振り分けていつスケジュールするか考えていくべきだと思っています。
そしてその計画や戦略は子どもたちと共有していくと良いのです。

この学習は何のためにするのか、その目的を知っているほうが子どもたちにとってもやりがいがでてきます。そういうコミュニケーションが親のコーチングでもっとも大事なステップのひとつだと思います。

毎朝3題、100日間

勉強は子どもが自発的にやることがもっとも望ましい。実際に強制してやらせても、「いやいや」やるのではなかなか身につきません。
ただ、強制することに意味がないかといえば、そんなことはないのです。
たとえば計算問題を毎朝3題、100日間続けたとしましょう。これはどんなに眠かろうと、必ずやるということを強制します。
3題ですから、10分もかからないでしょう。

1日終わったらマルを1つ。こうやって100日間続けたとき、子どもが100個のマルを見てどう思うでしょうか?
そう、自信がつくのです。「やればできるんだ」ということがわかる。このために強制は必要な面も当然あるのです。
もちろん、すべてを強制されてくれば、子どもも親も息が詰まってしまうでしょう。
あくまで勉強は自発的に、自分ができると思ってやることが望ましいのです。ただ、「どうせ、できないし」「やっても無理だから」という考えを持ちやすい子どもには、「強制」して「自信を持たせる」ということも大事なテーマでしょう。

 本来、勉強というのは自分が進んでやるようになれば、必ずできるものです。ところが中学受験生の場合、なかなか自分でやるようにならない。お母さんとすれば、だから塾に出してしまうということになるのですが、しかし、それで問題は解決しない。塾にいって勉強しているようでも、結局、自分で勉強をしようとしなければ、成績は上がっていかないものです。では、自分で勉強するようになるにはどうすればいいでしょうか。いくつかのヒントをまとめてみましょう。


「映像教材、これでわかる電気」(田中貴)