月別アーカイブ: 2004年2月

第20回 受験会場にて

■今年も受験がほぼ終わってきました。6年生のみなさんは大変な5日間だったと思いますし、お父さん、お母さんも大変だったろうと思います。今朝、マンモス受験校に出かけてみました。毎年、非常に多くの受験生が集まる学校ですが、今年はさらに多いという感じを受けました。これは他の学校を回っていても同じ感覚で、今年はどこも受験生が増えているのではないでしょうか。

■ 詳しいデーターがそろってから、またお話しようと思いますが、この受験者増にはいくつかの理由があるでしょう。一番大きいのはやはり指導要領の改訂で、首都圏や関西圏ではもう受験の中心は中学受験でしょう。昨年私は今年の受験率を15.5%程度と予想しました。しかし、もしかするともっと上昇したかもしれません。

■あと、もうひとつ感じたのは、受験校の選別が非常にはっきりしてきたということです。有る程度のラインでしっかりきられている感じがしました。これ以下の学校には行かないというラインです。倍率が上がった学校が多い中で、今年も定員割れをする学校がでてくるのは間違いありません。

■それを強気受験と片付けていいのかは、もう少し分析してみなければわかりませんが、強気受験のもうひとつの理由はサンデーショックでしょう。今年は2月1日が日曜日でしたので通常2月1日にやる学校が2月2日に受験日を変更しています。必然、魅力ある学校を挑戦できる年ですから、どうしてもみなさんが強気に動く可能性はあります。

■いろいろな経験をした5日間だったと思いますが、この5日間で子どもたちは、また大きく成長します。私が現役のころ、ここで1年分くらい精神的な成長をする子がたくさんいました。たった4時間で結果がでてしまうわけですから、ある意味大変冷酷です。合格すればとてもうれしいでしょうが、残念な結果だってあります。しかし、そこからまた立ち直って次の日受験しようとする気持ちを盛り上げなければならないのです。でもそこを乗り越えるから、また成長があるのです。

■4月からはみんな中学1年生。これからまたいろいろな道が開けてきます。先日、以前の生徒と飲みに行きました。もう立派な社会人です。落ちたり受かったり、彼もしたそうですが、
「いい経験でした。あれは。」
と言っていました。心の底にいろいろな思いはあるのでしょうが、その経験をプラスに考えられたからこそ、この言葉があるのだと私は思います。6年生のみなさんもぜひこの経験をプラスの材料にしてさらに成長していってほしいと思います。

(平成16年2月5日)

第6回 老教諭との囲炉裏端 

■40年を越える学校生活に今春終止符を打たれる老教諭から電話があり、二人で囲炉裏を囲むことになりました。先生は、長く募集活動をおやりになっていたので私もお付き合いが長くなりましたが、昔話に花が咲きました。

■「私学には、それぞれ建学の精神があり、そこから私学の教育が始まると思います。大学受験がどうのこうの、いう前にそれを伝えられなければ募集広報にはならない。」
私学は寄付活動から始まります。設立に際して寄付団体が寄付行為を行うことによって私学が生まれます。ですから、寄付を行うにあたってどういう学校をつくりたいのか、どんな教育をしたいのかがはっきり謳われているのです。もちろん時代がかわりますから、伝え方は考えないといけない。でも大学受験の実績の前にまず語らなければいけないことが、私学にはあるはずです。

■「塾の塾長が、学校の理事になりたがる人がいる。これはやはり線をわけておかないといけない。塾は塾で誇りを持つきだし、それは学校とは違う機能だと思わないといけない。」
塾は学校に生徒を送っているという気になってはいけないのです。送ってあげているという気になると、何かを間違えます。塾はビジネスですが、学校はビジネスではありません。学校は奉仕する部分があって成り立っているのですから、前提から違うのです。

■「校長が学校の偏差値を気にしないわけにはいかない。しかし、自分の学校が低いからといって、妙なコンプレックスを持つ必要もない。」
生徒が集まらない時期もあります。偏差値が低いから集まらないということも当然あるでしょう。だからといって、偏差値をあげることばかりに気がいっては、本来の本校の使命を忘れてしまいます。

■「宗教教育というのを、私学はことさら避けてきた感があるけれど、本当にそれで建学の精神を伝えられるのかという疑問がある。」
寄付団体が宗教団体である学校は多いのですが、その学校が宗教を前面に説明をするということはありません。宗教教育が行われている学校もありますが、あまり詳しく語られてはいないと思います。日本人は学校と宗教を戦後、切り分けてきた感がありますが、すべてを否定する必要はないのかもしれません。それよりも、現実に行われていることをすべて保護者や子どもたちに披瀝することの方が大事なのではないでしょうか。

■「行政と私学はけんかをします。ただ相手の方が強いから、負けることがあるわけですが、負け方も考えんといかん。今回は相手が悪い、でも負けたんだというのが伝わるように負けるんです。そのくらいの気持ちを持ってないと私学は守れません。」
指導要領を守る私学はあまりいません。当然、文部科学省などからは指導が入ります。しかし、だからいってすべて言われる通りにしていたのでは、当然私学の良さがなくなってしまうのです。こういう気概がある先生がおられるから、私学は、私学でありえるのです。

(平成16年2月22日)

第5回 新中1準備授業

 

■「入試が終わったとたん、通っていた塾から新中1準備授業のお誘いがきました。ようやく終わりと思ったとたん、こういうお知らせをいただいて、結構わだかまっているのですが、先生は、どう思われますか?」というメールを頂戴しました。みなさん、どう思われますか?

■塾としては、続いて通ってきてほしいという思いがあるので、そういうイベントが行われるのかもしれませんが、私は新中1準備授業は大事だと思っています。私の経験をお話しましょう。私も中学受験をしました。結果は本人の努力とは裏腹に、非常にいい結果に終わったのです。思いもよらず合格してしまったので、それからは遊びまくりました。

■私の両親とて、これには文句が言えません。「まあ、今まで勉強したんだから。」(本当は今の子どもたちの半分もやってないのです。)「友達とももうすぐ別れることだし。」(その後だって結構遊んでました。)結果として2月、3月と遊びまくり、勉強というものからまったく離れてしまいました。(6年生の2月、3月なんて学校で勉強することなんてほとんどないでしょう。)

■結果として、きわめて遊び癖がついた状態で、私は進学校に進んだわけです。学校がきわめて自由で、子どもたちの自主性に任せていただけに、さらに火に油を注ぐ結果となりました。中学2年の終わりには、明らかに後ろから数えた方が早く、担任には「入ったときの成績は悪くなかったんですがね。」と言われる始末です。

■受験が終わって、息が抜ける時期になりました。大いに遊んでもらって結構なのですが、だからといって勉強がなくなっていいわけがありません。中学からは数学も英語も始まります。まして、最初はなれない電車通学の子がほとんどですし、クラブ活動も始まれば、もうくたくたです。そこに遊び癖がついていれば、結果は自明でしょう。

■今のうちから予習をするというほど、気合をいれなくてもいいですが、少なくとも遊び癖がつかないように、多少は勉強しなきゃだめなんだという気持ちを持たせる意味でも、準備授業は良いイベントではないでしょうか。せっかくやってくれるのであれば、ぜひ参加されると良いでしょう。

(平成16年2月14日)