第43回 与えることをやめる 

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■今の子どもたちは、たくさんあたえられています。食べ物も、自分の部屋も、文房具も、おもちゃも。子どもたちを幸せにするために、いろいろなものを与えなければならないという考えが一般的になってしまったからだろうと思うのです。

■例えばピアノ。今、たくさんの中古ピアノが日本から海外に輸出されるようになったそうです。団塊の世代が団塊ジュニアに買い与えていたピアノがどんどん出てきているのです。弾き手がいなくなり、家を整理する際ピアノがリサイクルに出されるのですが、当時の感覚で言えば子どもにピアノを習わせたいということがひとつのブームだったので、狭い家にフラットピアノを買っていました。これも与えなければという気持ちの強い現われだったでしょう。

■しかし、本当に与えることが子どもの幸せにつながっているのでしょうか?私はちょっと違うように思うのです。たとえば塾で時計の忘れ物がよく出ました。しかし、取りに来ないのです。もっと一生懸命探してもいいと思うのですが、さっさとあきらめてしまっている。新しいものを買ってもらえるからでしょう。

■簡単に手に入るのであれば、大事にしなくなるかもしれません。同じようにたくさん与えているから、何かを求める欲望が今の子どもたちには弱くなっているように思われるのです。例えば、たくさんの問題をやらせなければいけないとなると、やり方を教え、解説をし、解答を教えます。そのくらいの効率でやらないと終わらないからです。しかし、それでは子どもが知りたいという欲望を十分に強められないでしょう。

■算数のヒントをほしがらない子がいます。「いらない、自分で考える」といってヒントも解説も拒否します。でもこういう子どもがやはりできるようになるのです。なぜなら、自分で解きたいという欲望が強いからです。人から教えられより、自分で考え付くほうが、考える力につながります。本当はこうやって育てた方が学力はつくと私は思うのです。

■入学試験のために、これこれのことをこのときまでに終わらなければいけないというひとつの目安があります。それになるべくあてはめるために、たくさんの問題や教材が子どもたちに与えられています。しかし、それだけのことを自分でやりたいと思っている子供が何人いるでしょうか。最初のうちはもっと、素朴に「それが知りたい」「それを解きたい」という気持ちにすることが大事だと思うのです。子どもが楽しんでできる範囲に1週間の学習を制限することの方が今は大事だと思います。与えれば、欲望が減るということを与える側として良く知っておかなければならないのです。

(田中 貴)

(2006年3月5日)

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