「2029年受験に向けて」カテゴリーアーカイブ

積み重ね

子どもの力は、やはり毎日の積み重ねでついていきます。

特に計算はそうでしょう。低学年のうちから、少しずつでも毎日計算を続けていると、学年が上がったときに大きな差になります。

例えば割り算をするときも、かけ算がしっかり身についていれば、商の見当がすぐにつきます。210÷36であれば、36×5、36×6と頭の中で動かせるかどうか。こういうことは、急にできるようになるわけではありません。

毎日計算をして、九九を使い、数を動かしてきた経験があるから、自然にできるようになるのです。

これは計算だけではありません。漢字もそうですし、文章を読むこともそうです。少しずつでも続けてきたことは、後になって確実に力になります。

逆に、必要になってから急いでやろうとしても、なかなか追いつかないことがある。だから、まだ受験学年ではないから、と考える必要はありません。

難しいことをたくさんやる必要もないのです。毎日少しずつ、できることを続ける。

その積み重ねが、やがて大きな力になります。

自由に進めるシステム

以前、フリーダムに参加した女の子が、こんなことを言っていました。

「自分で進めるからイイ。」

これは、なかなか大事な言葉だと思うのです。

勉強は、やはり自分でやるようにならなければ、なかなか力がつきません。言われたからやる、宿題だから仕方なくやる、という状態では、どうしても「早く終わらせたい」という気持ちが先に立ちます。

一方、自分で勉強するようになると、わかるまで考えたり、必要なところをやり直したりするようになります。自分で努力を積み重ねることができるようになれば、学力も少しずつ伸びていくでしょう。

また、勉強が進んでくると、子ども自身が「ここはわかった」「ここはまだわからない」と判断できるようになってきます。

もう十分に理解しているところを、同じペースで何度も繰り返さなければならないと、だんだんつまらなくなってしまいます。逆に、よくわからないまま先へ進めば、あとで困ることになる。

ですから、その子の理解に合わせて進められることは大切です。わかれば次へ進む。わからなければ、もう一度授業を見たり、問題を解き直したりする。そうやって、自分で進み方を決められるようになると、勉強に対する姿勢も変わってきます。

実際に子どもたちの様子を見ていると、こちらが教えている時間よりも、自分で問題を考えている時間の方が長いことがあります。

「ヒントを出そうか?」と声をかけても、

「もうちょっと待ってください。」

と断られることもあります。

しかし、この「もうちょっと」の時間が、とても大事なのです。

ああでもない、こうでもないと自分で試しているうちに、問題の条件が整理され、考え方が少しずつ見えてきます。たとえ最後まで自力で解けなかったとしても、その時間は決して無駄ではありません。

先に十分考えているからこそ、そのあとに解説を聞いたときも、「なるほど、そう考えるのか」と納得できます。そして、次に似た問題が出てきたときには、自分で考えるための手がかりが残っているのです。

勉強は、まず自分でやってみることから始まります。周囲がすぐに手を出すのではなく、子どもが自分で進もうとする力を、できるだけ引き出してあげてください。

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中学受験、する、しない?

中学受験は、した方がいいのか、しない方がいいのか。

これは本来、家庭ごとに答えが違ってよい問題です。ところが、周りが塾に行き始めると、「うちもそろそろ」となりやすい。説明会に行けば行くほど不安になり、テストを受ければ順位が気になり、気がつけば中学受験をする前提で話が進んでいる、ということがあります。

でも、中学受験は義務ではありません。

子どもに合う学校を早めに選ぶ、という意味では大きなメリットがあります。中高一貫校で6年間を落ち着いて過ごせることもあるでしょう。附属校に入れば、大学受験とは違う時間の使い方ができる場合もあります。

一方で、受験勉強によって家族が疲れ切ってしまうこともあります。毎週のテスト、クラス分け、宿題、講習。子どものために始めたはずなのに、いつの間にか親子で追い込まれている。そうなると、何のための受験なのかが見えにくくなります。

大事なのは、「みんながやるから」ではなく、「この子にとって今必要か」を考えることです。

中学受験をするなら、家庭のペースを失わないこと。しないなら、基礎学力と学ぶ習慣をきちんと育てること。どちらを選んでも、子どもの成長は続いていきます。

受験をするか、しないか。

その答えを急ぐ前に、まずは子どもが無理なく学べているか、家庭が必要以上に振り回されていないかを見てください。そこが崩れてしまうなら、いったん立ち止まってよいのです。