やってあげない方が良いのだが

基本、男の子はぐうたら、です。

やらなくてよいものはやらない。その代わり、自分のやりたいこと

やってあげない方が良いのだが

男の子は、基本的にぐうたらなところがあります。

もちろん全員がそうだ、という話ではありません。女子に比べれば、という程度の話ではありますが、「やらなくてよいものはやらない」「自分がやりたいことはやる」という姿勢が、わりとストレートに出やすいのです。

だから、親が手を掛けすぎると、子どもの中でそれは「自分でやらなくてよいこと」に分類されてしまいます。

例えば、プリントをそろえる。宿題を確認する。明日の準備をする。間違えた問題を探してあげる。スケジュールを組んであげる。

最初は、子どもが困らないように、と思ってやっていることです。母親としては、見ていられないから手を出す、ということもあるでしょう。特に男の子は動きが遅いし、忘れるし、雑だし、放っておくと本当に何もしないように見える。

しかし、そこで全部やってあげてしまうと、本人はますますやらなくなります。

これは、ある意味、男性の家事にも通じるところがあるかもしれません。

「これは自分がやらなくても誰かがやってくれる」と思った瞬間に、その仕事は自分のものではなくなる。言われればやるけれど、自分からは気づかない。気づかないというより、気づく必要がないと思っている。

子どもの勉強も同じです。

親が先回りして整えすぎると、子どもは勉強そのものだけでなく、勉強に向かう準備や段取りまで、自分の仕事だと思わなくなります。すると、いつまでも幼いままになる。

中学受験では、もちろん親のサポートは必要です。小学生がすべてを自分で管理するのは難しいですし、受験情報や教材の取捨選択は親が関わらなければいけない部分もあります。

ただし、何でもやってあげることと、必要なところを支えることは違います。

男の子の場合、特に大事なのは「本人の仕事」を残しておくことです。

今日やる問題に印をつける。終わったものにチェックを入れる。間違えた問題をノートに書く。明日の教材を自分で出す。過去問の直しを自分で確認する。

こうした小さな作業を、親が奪わないことです。

もちろん、放っておけばやらないかもしれません。そこが難しいところです。何も言わなければ、基本ぐうたらですから、楽な方へ流れます。

だから、「やりなさい」と言い続けるのではなく、「自分でやると得をする」「自分でできると気分がいい」という方向に持っていく必要があります。

例えば、本人に今日の勉強量を選ばせる。終わったら自由時間にする。できたところをきちんと認める。ミスの記録を本人に任せる。自分で直した問題が次にできたら、それをはっきり評価する。

男の子は、興味を持てば動きます。納得すれば動くこともあります。自分の成果が見えれば、意外に続くこともあります。

逆に、親が全部整えてしまうと、本人にとって勉強は「やらされるもの」になります。やらされるものだから、すきあらば逃げる。逃げれば親がさらに手を出す。そしてまた自分ではやらなくなる。

この循環に入ると、親も子も疲れてしまいます。

ですから、できる限りがまんすることです。

失敗しそうでも、少し待つ。忘れそうでも、すぐには出さない。雑にやっていても、全部直してあげない。本人が困る場面も、ある程度は必要です。

もちろん、本当に大事なところでは手を貸してかまいません。ただ、そのときも「代わりにやる」のではなく、「本人が次に自分でできるようにする」ことを目的にする。

男の子は、手を掛ければ掛けるほど安心する、とは限りません。むしろ、自分でやらなくてよいことが増えて、ますます幼くなることがあります。

母親としては、見ていてじれったいでしょう。つい手を出したくなるでしょう。でも、そこを少しこらえる。

自分の勉強は自分で動かす。

その感覚を育てることが、受験勉強でも、その先の成長でも、とても大事なのです。

はやりたい。と、ストレートに出やすい。これは女子に比べれば、という話ではありますが・・・。

だから、手を掛ければ、自分でやらなくてよいこと、に分類されてします。

なので、自分でやることが少なくなるから、幼いままになる。

これ、男性の家事に通じるなあ、と思うのです。

今は、大分改善されたのかもしれませんが、相変わらず、「自分でやらなくてよいと思ったこと」はやらない人が多いかもしれない。

なので、少なくも男の子は、あまり手を掛けすぎてもいけない。

だからといって、何も言わないと、基本ぐうたら、ですから、やらないので、いかにやりたいことにするか、がポイントなのです。

「勉強しなさい」を言いたくないから塾を増やす前に

仕事で疲れて帰ってきて、子どもの勉強を見ると、思ったほど進んでいない。予定表はあるのに空白が多い。問題集も開いた形跡がない。

そうなると、つい言いたくなります。

「勉強しなさい」

でも、それを毎日言うのは親にとってもつらいものです。子どもも嫌な顔をするし、親子の空気も悪くなる。だから、もう家で言わなくてすむように、塾の日を増やす。個別指導を追加する。自習室に行かせる。

お金はかかるけれど、仕方がない。そう考えるご家庭は少なくないと思います。

しかし、ここで気をつけなければいけないのは、通塾日を増やしても、根本の問題が解決するとは限らない、ということです。

むしろ、子どもがますます自分で勉強しなくなることがあります。なぜなら、勉強する場所も、やる内容も、時間の使い方も、すべて外から与えられるようになるからです。

塾に行けば、授業はあります。先生は説明してくれます。宿題も出ます。けれど、それだけでは「自分の机で、自分の頭で考える時間」は増えません。

中学受験で本当に力がつくのは、授業を受けている時間だけではありません。むしろ、わからなかった問題をもう一度考える時間、間違えた理由を見つける時間、解説を読んで自分の言葉で整理する時間が大事です。

ところが、塾の日を増やしすぎると、その時間がなくなります。

授業を受ける。移動する。宿題に追われる。次の授業が来る。すると、わからないところを自分で止まって考える前に、また新しい課題が積み上がっていきます。

特に6年生の後半は注意が必要です。ただでさえ塾の授業や特訓、模試、過去問演習が増えていきます。その時期にさらに通塾日を増やすと、子ども自身が整理する時間がますます減ってしまいます。

本来、この時期に必要なのは「もっと外に預けること」ではなく、「自分で勉強する時間をどう確保するか」です。

親が毎日細かく管理する必要はありません。ただし、何をやるのか、いつやるのか、終わったかどうかは、家庭で見える形にしておく必要があります。

たとえば、今日やることを三つにしぼる。終わったら線を引く。できなかったものは翌日に回すのか、捨てるのかを決める。そういう小さな管理で十分です。

大事なのは、子どもが「今日はこれをやる」と自分でわかっていることです。

「勉強しなさい」と言いたくないから塾を増やす、という選択は、一見すると親子の衝突を減らすように見えます。しかし、子どもが自分で机に向かう力を育てなければ、結局また同じ問題に戻ってきます。

通塾を増やす前に、まず家庭で確認したいことがあります。

子どもが自分で考える時間は残っているか。間違い直しをする時間はあるか。過去問を解いた後、自分の弱点を整理する時間はあるか。

そこがなくなっているなら、必要なのは新しい授業ではなく、時間の整理です。

塾は大切な学習の場です。しかし、塾に行けば行くほど成績が上がるわけではありません。最後に得点を伸ばすのは、自分の机で、自分の課題に向き合う時間です。

だからこそ、安易に通塾日を増やす前に、家庭での学習時間をどう守るかを考えておきたいのです。

ミスだけを記録する

過去問を始めると、どうしても点数が気になります。

「前回より下がった」
「同じ年度をもう一度やったのに、あまり取れなかった」
「こんな点数で大丈夫なのか」

そう考え始めると、親子ともに気分が重くなってしまいます。もちろん点数を記録することに意味がないわけではありません。しかし、過去問を使って力を伸ばすという意味では、点数以上に大事なものがあります。

それは、どんなミスをしたのかという記録です。

たとえば、算数で問題文を読み違えたとします。そのときに「読み違い」とだけ書いて終わりにするのではなく、どの部分をどう読み違えたのかまで記録しておきます。

「太郎君が先に出発したのに、次郎君だと思って解いた」
「片道の時間なのに、往復の時間として考えた」
「何個残ったかを聞かれているのに、使った個数を答えた」

このように具体的に残しておくと、あとから大事なことが見えてきます。

実は、子どもは同じようなミスを繰り返すことが少なくありません。一度直したはずの問題でも、二度目にまた同じ場所を読み違えることがあります。

そこで、つい「またやったの!」と言いたくなるかもしれません。しかし、ここで怒ってしまうのはもったいない。これは貴重なデータです。

なぜ同じところで目が飛ぶのか。なぜ人名を取り違えるのか。なぜ数字だけを追いかけて、条件を読み落としてしまうのか。そこを丁寧に見ていくと、その子特有の読み方、解き方の癖が見えてきます。

ある子は、長い文章になると途中の条件を飛ばしやすい。ある子は、図に書き込んだ数字を信じすぎて、問題文に戻らない。ある子は、「ただし」や「最も」などの言葉を軽く扱ってしまう。ある子は、急いでいると単位を確認しない。

こうした傾向は、点数だけを見ていてもわかりません。

大事なのは、ミスを分類することです。

「読み違い」
「条件の見落とし」
「計算ミス」
「転記ミス」
「設問の答え方のミス」
「時間不足による雑な処理」

このように分けて記録していくと、対策も立てやすくなります。

読み違いが多いなら、問題文に線を引く場所を決める。人名や単位に丸をつける。何を答えるのかを解く前に一言でメモする。

条件の見落としが多いなら、使った条件に印をつける。解き終わったあとに、使っていない条件がないか確認する。

計算ミスが多いなら、どの段階で間違えたのかを見る。途中式を書かないためにミスが出ているのか、暗算が多すぎるのか、分数小数の変換で崩れているのかを確認する。

転記ミスが多いなら、問題用紙から解答欄へ移すときの確認方法を決める。最後に答えだけを見るのではなく、「聞かれているもの」と「書いた答え」が合っているかを照合する。

こうしてミスの記録を重ねていくと、単なる反省ではなく、具体的な対策になります。

中には、原因を突き詰めていくうちに、思いがけないことがわかる場合もあります。以前、問題文の読み違いが続く子について調べていったところ、実はメガネの度が合っていなかった、ということもありました。本人の注意力だけの問題ではないこともあるのです。

だから、ミスを責めるのではなく、研究してください。

我が子はどこで目が止まり、どこを飛ばし、何を思い込みやすいのか。どんな場面で焦り、どんな問題で確認が甘くなるのか。

間違え方にも個性があります。であるならば、その克服方法もまた、その子に合わせたものであるべきです。

過去問の記録は、点数表だけでは足りません。

むしろ本当に役に立つのは、ミスの細かな記録です。

何を間違えたのか。なぜ間違えたのか。次に同じミスを防ぐには、どんな行動を入れればよいのか。

そこまで踏み込んで記録していくと、過去問は単なる採点材料ではなく、その子を伸ばすための大切な資料になります。