摸擬試験はもともと時間が足りないようにできている

摸擬試験を受けた子どもたちに感想を聞いてみると、
「全然間に合わなかった」
という声が多く聞かれます。

で、そういう経験をしていくうちに、急いで解かなきゃ、という気持ちが強くなる。そして、ミスが増えるのです。問題文をちゃんと読まなくなるから。

摸擬試験は実は全員がすべての問題を解ききるだろう、という前提で作られていません。つまり、こんなに忙しい入試はない

なぜかといえば、1種類の試験ですべての学校の合否判定を出すから、です。

そのためにはできるだけ正規分布に近い状態になってもらいたい。つまり、適度に差がつく状態にしたいのです。その方法のひとつとして、標準的な問題をたくさん出す、という方法論があるのです。難しい問題ばかりを出すと、差はつきません。むしろやさしい問題から始まって、最後やや難しいと思われる問題まで含めて硬軟とりまぜてたくさん出すと、分布的にはちょうど良くなる。

だから、摸擬試験で時間が足りなくなっても、余り気にしてはけない。

むしろ、ていねいに解くことを心がけ、間に合わなければ間に合わないでも良い、と考えていった方が良いのです。一番いけないのは急いで解いて、ミスだらけになること。

だから、良く子どもたちには言います。

「最後の3題は解かなくても良いから、ていねいに、良く問題文を読んで解きなさい」

入学試験と摸擬試験は根本的に作り方が違います。入学試験は、その学校の取りたい人材像に合わせて作られるが、摸擬試験は差が出来るように作られる。この点を十分に踏まえて試験を受けて下さい。

摸擬試験に対して最適化する必要はありません

積み重ね

子どもの力は、やはり毎日の積み重ねでついていきます。

特に計算はそうでしょう。低学年のうちから、少しずつでも毎日計算を続けていると、学年が上がったときに大きな差になります。

例えば割り算をするときも、かけ算がしっかり身についていれば、商の見当がすぐにつきます。210÷36であれば、36×5、36×6と頭の中で動かせるかどうか。こういうことは、急にできるようになるわけではありません。

毎日計算をして、九九を使い、数を動かしてきた経験があるから、自然にできるようになるのです。

これは計算だけではありません。漢字もそうですし、文章を読むこともそうです。少しずつでも続けてきたことは、後になって確実に力になります。

逆に、必要になってから急いでやろうとしても、なかなか追いつかないことがある。だから、まだ受験学年ではないから、と考える必要はありません。

難しいことをたくさんやる必要もないのです。毎日少しずつ、できることを続ける。

その積み重ねが、やがて大きな力になります。

子どもは自分で勉強できる

子どもたちが勉強に取り組む際、親が常にそばについて見守る必要はありません。

成長の過程で自立していくのが本来の姿であり、勉強も例外ではないのです。親御さんがつい過剰に介入し、子どもを監視し続けることは、かえって子どもの自主性を損なうことにもなりかねません。

勉強に向かう気持ちが本人の内側から湧き上がっていれば、子どもは自ずと自分のペースで学習を進められます。逆に、親の目が常にあることで「やらされている感覚」が強まれば、逃げ出したくなるのは自然な反応でしょう。

重要なのは、なぜ勉強が必要なのか、その意味や目的を子ども自身が理解し、納得できるように導くことです。

親としては、やるべきことを明確に整理して伝え、子どもが自分で取り組める環境を整えてあげることが大切です。そうした支えがあれば、子どもたちは自ら努力し、達成感を味わいながら成長していきます。勉強の場面においても、親はただ監督するのではなく、子どもの気持ちに寄り添い、必要なときに手を差し伸べる存在でありたいものです。

このように、子どもの自主性を尊重しつつ、適切なサポートを提供することが、受験や日々の学びを豊かなものにする鍵となります。親も子も共に歩むその時間は、単なる結果だけでなく、成長の過程そのものを大切にする価値あるものになるでしょう。